0.9km2

インドもイスラエルも、Lonly Planet的なガイド書を買わずに、ゆるゆるっと旅をしていたので、どこを見たいかとか、よく考えていなかった。雰囲気とか、その時たまたま出会った情報とか、そういう偶発性を大事にしたかったから。そもそもイスラエルに来た目的が「宗教」に触れることでしたので、それっぽい箇所は行った。

エルサレムは新市街と旧市街に分かれている。
新市街は、ほぼほぼヨーロッパ。きれいに街が整備されていて、街の大動脈でもある道路にトラムが走っていた。

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ユダヤ教徒のためのKosher方式で調理されたマック。ローカライズがすごい。

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こんな感じで路上ライブを行う人が多かった。あと、街中に多くピアノが設置されているので、通り掛けの人がよく演奏していた。

新市街の大通りを抜けると、旧市街にたどり着く。

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見づらいが、壁に囲われている内側が旧市街となる。

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I love Jerusalem.のオブジェ。
これ系で一番好きなのは、オランダはアムステルダムの「I amsterdam.」です。

旧市街については、パレスチナで仲良くしていたアメリカ人から、ツアー情報をもらっていたので、ここを利用。チップ制のFree Walking Tourである。
https://www.neweuropetours.eu/sandemans-tours/jerusalem/free-tour-of-jerusalem/

わずか0.9km2しかない旧市街ですが、大きく4つのエリアに分かれている。アルメニア人地区、キリスト教地区、イスラム教地区、ユダヤ教地区。すべての地区を満遍なく回ってくれるツアーです。ツアーは2時間。あとは、気になった地区をくまなく探索してね~というスタンスのため、嘆きの壁(Western Wall)や、聖墳墓教会(Church of the Holy Sepulcher)のような重要ポイントはこのツアーでは巡りません。

最初はアルメニア人地区から。アルメニア人地区は、観光客が出入りできるところが限られているようで、アルメニア人教会の前で説明を受けるのみで終わった。

続いて、ユダヤ教地区に向かう。

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途中、こんな感じで昔のまま残っている遺跡のルートを通った。

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これは、ユダヤ教の家のドアにつける飾りらしい。

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このオブジェは、ユダヤ教地区でよく見かけた。ハヌキアというユダヤ教の祭典で用いるキャンドルホルダーである。詳細は、こちらのリンクが参考になると思います→https://japan-israel-friendship.or.jp/special/festival/829/

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ユダヤ教地区を示す標識。

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ユダヤ教地区を抜けると、ごちゃごちゃし始めてきた。イスラム教地区である。

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これは、イスラム教徒の家である。左側の壁がペイントされていたり、ドアの上に横断幕が掲げられている。これは、「今年メッカに巡礼した」という証拠で、これを目印にみんなお祝いを持ってきてホームパーティーを楽しんだり、メッカの様子を聞いたりするらしい。見づらいが、横断幕にメッカの定番どころの写真が用いられている。

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途中見晴らしの良いスポットで写真撮影。右手に見えるのが嘆きの壁(Western Wall)、左手に見えるのが岩のドーム(Dome of the Rock)。岩のドームは、入場できる日時が非常に限られており、全然気にしていなかった私は、見学できなかったのである。残念。とてもきれいな建築です。

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キリスト教地区はこんな感じで、巡礼者や観光客向けのお土産屋さんが立ち並んでいた。

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アルメニア製の食器も並んでて、かわいかった。旅先で食器を見つけると、食指が動くが、物が増えてもな…と思ってセーブする。あるある。

4地区を回った後は、おすすめのご飯屋さんを紹介していただいたのちに、解散。Shawarmaというチキンサンドイッチでおなかを満たしたのち、聖墳墓教会と嘆きの壁とマリアの教会を巡った。

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これが聖墳墓教会。外から見ると、「ふーん」って感じだったけど、中がすごかった…。

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エチオピア人の団体です。エルサレムで仲良くなった南アフリカ人夫妻に聞いたところによると、エチオピア航空で5時間程度でエルサレムに来れるらしい。日本より近い…。まあ、そうだよね。

この教会は、キリスト教で最も重要な場所として位置づけられている。その理由としては、以下の通り。
・イエスが十字架を背負って歩いた「ヴィアドロローサ(悲しみの道)」の最終地点
・イエスが処刑された十字架が建てられた場所
・イエスのお墓がある

世界中から多くの人が、入れ代わり立ち代わり来ていた。仏教では、ブッダが入滅したインド北部のクシナガラに値するのかな。私は行かなかったが、お墓も見ることができて、そこは1~2時間待ちということだった。教会内部の写真を張り付けて終わることにする。

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